倉吉 アザレアのまち音楽祭
山陰の名手たちコンサート


第9回 山陰の名手たちコンサート
ごあいさつ



 「本心から湧き上る演奏!




 アザレアのまち音楽祭 ディレクター 計羽孝之

 山陰の名手たちコンサート2012にお出かけいただき、ありがとうございます。山陰を網羅するクラシック音楽のソリストたちに、今年も参集して頂き、音楽の今日を聴いていただきます。
 音楽演奏の名手と呼ばれるには、専門的な修練を極めなければなりません。それは並大抵のことではないのです。音楽に立ち向かう道筋には、歩むことを阻む困難が待ち受けているものです。それを、芸術家たちは、己の英知と努力、そして適切な判断力で乗り越えていくのです。音楽は甘く見くびると拒絶されます。音楽を良く知り、自分の位置に甘んじることなく、常に頂を目指し、細心の注意を払い、時には大胆にトライすることを強いられるものです。
 往々にして、楽譜を良く知っていると自負し、楽譜に書いてあることを忠実に演奏するだけに終わる場合も多々あります。音楽は、楽譜に書いてあるからではなく、演奏家がそうしなければならないと、本心から湧き上る演奏にならなくては、聴衆に何も伝わらないのです。演奏家があらゆる想いを聴衆に届けるためには、聴衆に自分の音楽を感じさせ、心を動かす努力をしなければなりません。人の心を動かすとは、短絡的に言えば「簡明な表現に音楽をしつらえる」ことに尽きます。聴衆に演奏家の思いを告げる、音楽の内容を「感じさせるという努力」がもっと必要だと思います。
 山陰の名手たちは、技術的に随分とスキルを上げてきています。それでも、彼らは、まだまだ演奏には工夫が必要だと思っています。なぜなら音楽には、聴衆に「感じさせる(判らせる・心を動かす)努力」が求められているからです。聴き手に「感じようとする努力」を強いることではなく、演奏家が「音楽を楽しませる努力」を、とことんする必要があるのです。しかし、音楽は、単なる一義的なメッセージを伝える媒体にすぎないのだろうか、との問いもありますが、「感動させる努力」に、まい進する山陰の名手たちの篤い想いは進化を続けています。
 山陰の名手たちは、自分の思いを音楽に託して語ります。自分の思いを音楽で主張します。これが「私の音楽だ」という何かを。演奏家たちの想い描く音楽が、聴衆の皆様の心に、まっすぐに届きますことを願っています。






 「= もっとも美しいうそ =



プラバホール アートディレクター 副館長 長岡 愼

 「現代のように機械工学が信じられないほどの完成度に達している時代には、ビールを飲むほどのたやすさで有名な音楽を聞くことができる。しかも自動計りのように10サンチームほどの費用で足りるのである。音のこうした馴化、誰もが好みのままにかければ鳴り出すレコードに、いずれは収まってしまうにちがいないこの魔法を、どうして恐れずにおれようか。かつては不滅と考えることができた芸術の神秘な力の後退の一因は、ここにあるのだろう。」*
 1913年パリで書かれたものですが、どなたの筆によるものと思われますか?マイクロフォンやラジオのような電気的音響技術の実用化は1920年代を待たねばなりませんが、既に街角のカフェには電気を使わない機械仕掛けのコイン式ジュークボックスが置かれ、イヤフォンを装着すればカタログ中1500曲から好みの曲を選んで聴けるリスニング・サロンまであったのです。さらに家庭には蓄音器やこの時代特有のピアノロールが再生できる自動ピアノが普及していたのです。ついに音楽を「消費」する時代に…。
 今年生誕150年のドビュッシー(1862-1918)の評論の一部でしたが、なんとこんにち私たちは、その魔法のおかげで、彼の自作自演をCD(Pierian社:The Composer as Pianistシリーズ)で聴けます。1913年にピアノロールに記録された有名ソロ曲と、オペラ「ペレアスとメリザンド」初演ヒロイン役メアリー・ガーデンを伴奏した1904年の機械式ディスク録音が収録されていますが、第一級の資料ですね。これを聴かずしてドビュッシーは語れません。
 彼の評論集、皮肉たっぷりの辛辣なものが多いのですが、意味深なアフォリズムも残しています。
 「芸術というものは、うそのうちでもっとも美しいうそです。それなのに、芸術の場においても、人生を日常のありふれた背景とごちゃまぜにしたがるのが当節です。有用なもの、工場のようにつまらないものになってしまわずに、芸術があくまで一つのうそにとどまっていることこそ望ましいのです。一般大衆も、エリートも、忘我というものを求めて芸術に集まってくるのではないでしょうか。忘我、これまたうそのもう一つの形式でしょう。(1902年) **」
 美しいうそをお楽しみください。
引用:「音楽のために」ドビュッシー評論集 杉本秀太郎訳 白水社刊 p.234* p.57**
参考図書:音楽史を変えた五つの発明 ハワード・グッドール著 松村哲哉訳 白水社刊