○まず、演奏者、ピアニストの名前は、何はさておいて、大きな字で書いて持っておられてもいいから、正しく、まちがいないようにはっきりと言ってほしい!演奏者に対して、お客様に対して失礼です。電話の電源切りも念のため。演奏は素晴らしいものであった。共演、独奏も良かった。素敵な夜だった。ありがとうございました。(前髪がうっとおしいきがした。)
○素晴らしい演奏有難うございました。もっと大きな場所できかせてほしい。司会者は、演奏家の氏名を間違えるほど失礼な事はない。(倉吉市/女性/70歳代以上)
◆ディレクターの回答
司会者が、ご紹介する演奏家の名前を間違えるのは、とても拙い事です。当日の司会者は、ベテランであり、普段あのような事はないのですが、体調を著しく崩しており、コンサートの途中からお休みいただいたほどです。どうぞお許し下さい。携帯電話の音が、サロンで鳴ったのは、今回が初めてです。それも、第二楽章の静かな箇所での呼び鈴でしたから、皆様から大顰蹙を買っても仕方ないものです。サロンは、いわば家庭でのコンサートのようなものです。お互いに気をつけていただきますようお願いします。当日、カバンの中の携帯が鳴ったご婦人が一番びっくりされた事と思います。ご婦人に代わって聴衆の皆様に深く謝罪申し上げます。
○ピアノとの掛け合いが大変良く、すばらしかった。本日の感想ではないのですが、ホームページに「善意のボランティアは役に立たない」という言葉があり、がっかりしました。もう手伝いはできないという気持ちです。それから、MO氏の批評がありますが、思いやりもなく、言いたい放題で、これもがっかりです。(倉吉市/女性/60歳代)
◆ディレクターの回答
ホームページに掲載している「ボランティアの意味」のことでしょうか。改めて読んでみましたが「善意のボランティアは役に立たない」という記述はしていません。それに似た記述は「ボランティアを単純に『奉仕活動』だと解釈し、ゆとりのある人が、『助けを必要とする人に奉仕してあげる』ことだけの方がままあります。ですから、時間が空いた暇な時にのみ参加すればいいとか、友人から頼まれ断り切れなかったから参加したなどと言う理由では、本当のボランティアにはならないのです。」がありますが、がっかりされる事ではないと思います。ボランティアの真髄は「自発性」であり「無償性」のはずです。お気に召さないことで発言でがっかりされるようでは、「連帯性」や「先駆(せんく)性」「創造性」、「公益性」は求められません。自らの判断や責任で行動が起こせる人でなくては、ボランティアは出来ないというのが本音です。些細な感情が普段の行動を支配してしまうような事では、無償性のボランティアは出来ない事になります。再度、詳細にお読みいただければ、きっとご理解いただけるものと思います。私たちの社会は、考え方も生き方も異なる者同志が一緒に生活しています。お互いの料簡を容認し合い、大嫌いな人とでも、心穏かにお付き合い助け合いするのが社会だと思います。ボランティアという言葉は独り歩きして「善意の好意」と同義語だと思われていたりします。しかし、単に善意だけがあるボランティアなど存在しないはずなのです。アザレアのまち音楽祭に参加していただくボランティアとは、スタッフとして「何らかの能力を持って、自発的に奉仕する」と誓った方のことだと考えています。音楽祭のミッションに貢献する事が、その活動のすべてです。ですから、アンケートに「もう手伝いはできないという気持ちです」とお書きになった方が、音楽祭のボランティアだとは認識していませんが、参加したいと思っておられる方であれば、全くの誤解ですので、どうぞご参加下さい。
「MO氏の批評がありますが、思いやりもなく、言いたい放題で、これもがっかりです。」とのことですが、感想としては何も言う事はありません。しかし、この内部評価委員による批評は貴重なものだと考えています。演奏家はやりたい放題に音楽によって自己主張します。それを、聴衆サイドが有難がって聴く時代ではないでしょう。いかに辛らつな批評でも、甘んじて受け入れるのが社会というものです。そうしないと、演奏家は育たない事になります。この音楽祭のいいところは、アンケートのすべてを公開している事です。そして、ディレクターの思いも発言させていただいています。議論が起こることが、最も大切な事で、テーマとアンチテーマが激突し、ジンテーゼが生まれます。それが新しくテーマとなり、アンチが生れ螺旋思考の弁証法が機能するのです。本音を言わない社会は、本音を言わせない社会を助長して独裁文化社会を容認する事になります。少し大袈裟ですが、言いたいことを、どんどん言っていただけるのが素晴らしい事だと思っています。今後がありましたら、よろしくお願いいたします。
○バッハの無伴奏、素晴らしかったです。惹き付けられて、心拍数が上がりました。(米子市/女性/30歳代)
○ヴァイオリンを初めて聴いたのですけど、とってもステキでした。ピアノと一緒でも、すごくきれいで、ゆっくりゆっくり効きました。ありがとうございます。エルガーの「愛の挨拶」がとても好きなのです。今度、コンサートがある時は、ぜひお願いします。今日はお疲れ様でした。ありがとうございました。(米子市/女性/20歳代)
○シャコンヌ、よかったです。かっこいいです!次回は、ビオラを聴かせて下さい。(倉吉市/男性/40歳代)
○近くで、聴くことが出来たのはよかったのですが、曲の説明があればよかったかな?曲が難しく思えましたが…。ミニコンサートなので、伴奏の方のお話しが聞けたらと、最後にお話があるのかな…。倉吉にたまたま来て、参加できて嬉しく思います。ずっと長く続くことを願っております。二部、とても良かったです。エネルギーを、エネルギッシュさを感じました。二部の選曲が良かった。(茨城県/女性/50歳代)
○眞家さんのような素晴らしいアーチストがこの地におられることは音楽ファンにとって、大きな喜びだ。バッハの「シャコンヌ」は圧巻だった。以前聴いたヴィオラの演奏が見事だったので、今度はヴィオラのリサイタルを希望する。
(安来市/男性/50歳代)
○ベートーヴェン/アンサンブルも心地良く…。欲を言えば、やや音の純度のゆるむところが有った。ピアノ、少しテンポルバートがあっても。バッハ/大変気に入った演奏だった。 今後への期待感。ドヴォルザーク/抒情性豊かな演奏。ピアノ・サポートも好調。サラサーテ、ヴィニャフスキー/本領発揮!
充実した一日、初夏の夕べ、明日への活力!
○大変迫力のある、素晴らしいコンサートでした。真摯で厳しく、音楽あふれる演奏でした。来年もぜひ。
◆ディレクターの回答
今日の演奏会は、「音楽が恋する者の食べ物なら続けておくれ、堪能して飽き果てるまで…」という、シェイクスピア(十二夜の冒頭)の言葉が思い起こされる感動がありました。専門にしておられるビオラの演奏会の要望がありますので、可能であれば計画したいと思います。それにしても、素晴らしいとしか言いようのないコンサートでした。
アザレアのまち音楽祭2008内部評価委員のコメント・感想(M.R氏評)
6/4 眞家利恵ヴァイオリン・コンサート
■挨拶の仕方→開始前の挨拶は、お辞儀をしてすぐに言葉を発しても、まだ会場がざわついているので、ほとんど聞こえませんでした。私のように大きな声なら一発で分かりますが、女性の声は聞こえにくいのです。このため、挨拶をする場所をもう少し前に行ってから、深々とお辞儀をし、少し会場全体を見渡すようにして、おもむろにゆっくりと話しかけるようにすれば、観客はこれから始まるぞと言う雰囲気になってきて聞く態勢になってくると思います。
■携帯の着信音→が演奏中に鳴りました。立て看板の読めない人や読まない人、既に切ったと思い込んでいる人がいるため、このような失態が発生したと思います。しばらくの間、開演前にもう一度、「携帯の電源を確認してください」と挨拶の時に一言、言うようにしたらと思います。
◆言い訳と反省⇒サロンコンサートでの、電話の呼び出し音は初めての体験でありました。サロンのお客様は、そんな当たり前のマナーを、お持ちのはずなのですが、どうした事でしょうか。やっぱり、念には念を入れて、注意を促す事がまだ必要なのかも知れません。後半のコンサートでは、演奏前に確認させていただく事にします。
■最後の挨拶→「足元に気をつけて」は、もう不要だと思います。それよりも、「明日以降も、どうぞお誘い合わせの上お越しください」の方が、ふさわしいかと思いました。
◆言い訳と反省⇒今回の司会者は、急ごしらえであったために、様々な不備がありました。実は、挨拶のマニュアルに、あのような指示は出しておりません。司会者のとっさの判断で出た言葉だと思います。まずは、基本マニュアルを再確認いたしたいと思います。
■休憩に入る前に→飲み物のサービスもありますが、この休憩時間を利用してアンケートも是非、ご記入願いますとの旨を、お知らせすればよいかと思います。昨晩、最初の挨拶の時にアンケートに触れましたが、休憩時間に多くの人が記入されていましたので、この休憩時間を利用して記入を促すようにしたらと思います。
◆言い訳と反省⇒再検討いたします。サロンは、なるべくシンプルに、音楽を楽しんでいただくための設定にしていますので、あれこれと司会者が注意を促すのは、なるべく避けたいというのが本音です。しかし、今回の電話音のようなことが起こると、折角のコンサートが台無しになります。掲示物の力のなさをつくづく感じさせられました。野暮になっても、当分は注意をした方が良いのかも知れません。そんなこんなで、聴衆の皆様には、野暮ったい事を司会者が申し上げても、より良いコンサートのためだと、今しばらくお許しいただきたいと思います。