○オープニングにふさわしい迫力のある圧倒的な演奏に感動しました。(60歳代男性/鳥取市)
○演奏もよし、企画もよし、素晴らしかった。永続を!(60歳代男性/鳥取市)
○童謡コンサートも欲しい。(60歳代女性/倉吉市)
※ディレクターからの回答
◆数年前に童謡コンサートを開催しましたが、お客さんが集まらず苦戦した経験があります。童謡コンサートはトラウマになっています。多くの皆様から、ご要望があれば、企画したいと思います。様々なご提案をお願いします。
○継続は力なりと言いますが、とてもすばらしかったとおもいます。これからもがんばってください。(40歳代男性/鳥取市)
○シンフォニー、ハイドン№101「時計」第二楽章が特に時計らしさがあった。大変すばらしいシンフォニーでした。アザレアのまち音楽祭は初めてだったが感動した。今後もできれば参加したいと思った。
注/本日のプログラム、理解しにくかった。分からないまま…。ハイドンは100曲以上のシンフォニーがあり、他の作曲家では例がない。ベートーベン№3,5,6,9のシンフォニーが好きです。次にドボルザークの新世界。ハイドンには校長先生というシンフォニーもありますよ!(60歳代男性/北栄町)
※ディレクターからの回答
◆プログラムが理解しにくかったとのご苦情をいただき、ありがとうございます。短く簡潔に書くほど難しいものはありません。それだけの筆力が無いものですから、皆様方からの叱咤激励が頼りですので、今後ともによろしくご指導ください。
◆ところで「ハイドンには校長先生というシンフォニーもありますよ!」ということですが、私は知りません。何番のシンフォニーか、お教えくださいますれば幸いです。因みに、ニックネームの付いた有名なシンフォニーは6番の「朝」、7番の「昼」、8番の「晩」、31番の「ホルン信号」、44番の「悲しみ」、45番の「告別」、48番の「マリア・テレジア」、49番の「受難」、73番「狩り」、82番「熊」、83番「雌鳥」、85番「王妃」、92番「オックスフォード」、94番「驚愕」、96番「奇蹟」100番「軍隊」、101番「時計」、103番「太鼓連打」、104番「ロンドン」ですが、これ以外にまだあるというのは、私にとっては新しい発見です。
○クラシック・ギターの門脇康一さん(大山町)を。中部ではクラシック・ギターを聴く機会がないので…。ピアノの山本秀美さん(三朝町)を。前田和代さんの師だそうで、是非!お久しぶりに演奏を、お聴かせください。(会場が)寒かったです。(40歳代女性/倉吉市)
※ディレクターからの回答
◆ギターの門脇氏は、以前、ソロ・コンサートで一回、フルートとギターのコンサートで一回ご出演いただいていました。ところが、聴きたいと推薦される方々がなくなり、中断しています。待望される方の声が高まれば、招聘させていただきます。
◆山本氏については、ご本人に出演の意志があれば実現可能ですので、当たらせていただきます。
○コンサートを聴くのは久しぶりで、嬉しかったです。(40歳代女性/鳥取市)
○大変な練習だったでしょうね。感動しました。案内(司会)の方が、もう一つでした。(70歳代女性/倉吉市)
○昨年に続き、今年も聴きに来ました。毎年楽しみにしています。今年も時間のゆるす限り、多くのコンサートを聴きたいと思っています。アザレアのまち音楽祭の期間は、心のいやされる期間となりそうです。
二部のオーケストラと合唱とのコラボレーションがすばらしかった。男性・女性の歌声が徐々にまろやかになり、ラストソングの時には大きな拍手と感激のあまり、涙がでそうになった。寺内智子さんのソプラノ、天使のような歌声だ!すばらしい!(50歳代男性/倉吉市)
○すばらしいの一言です。(40歳代女性/倉吉市)
○とてもいい音楽が、いっぱいあった。(小学生男子/北栄町)
○モーツァルト、生で聴けるよいチャンス、ありがとうございました。よかったです。(40歳代女性/鳥取市)
○「24回アザレアのまち音楽祭」おめでとうございます。久しぶりに夫婦で、生の演奏にふれ、感動でした。心身共に、リフレッシュできました。ありがとうございました。(60歳代女性/倉吉市)
○長い間、生の演奏を聞いていませんでした。催しがある事は知っていますが、なかなか都合がつかなくて、来れませんでした。今日は来て、ゆっくり楽しませていただきました。ありがとうございました。若い観衆が少ないのが、残念でした。生の演奏を聞く、いい機会ですのに。(60歳代女性/倉吉市)
○ 最初のオーケストラによるハイドンの「時計交響曲」は、ポピュラーだけれど全曲の演奏は珍しい。小編成だけに一層手堅くマトマリがうつくしい。古典の良さをしみじみと聴く。二楽章のメロディーは小学校の音楽教室を呼び戻す。やがて十五分の休憩の間に、次の「レクイエム」の舞台が手早く設定される。
拍手の中、米子第九合唱団六十人余が、フォーマルな衣装で並び終えると、舞台はいっきに燦然と輝く。その中を指揮者の松岡究氏が足早に登場する。
モーツァルト晩年の作曲というより、物語的にある啓示によってという、この美しくもかなしい「レクイエム」を、宗教を持たない者が、神なき思想のみによって浴する事を許したもうものなのか。曲目は死者を称える喜びに揚められていく。音楽の芸術性による至福な刻が流れ、包まれていく。一年有余の練習時間の賜物として、この合唱とオーケストラによる「レクイエム」は生涯忘れないコンサートとなった。(70歳代女性/倉吉市)
※ディレクターからの回答
◆今年のオープニング・コンサートは、初めて合唱を招聘しました。鳥取県で最もレベルの高い合唱団として定評のある米子第九合唱団は、流石の演奏であり、深い感動を聴衆にもたらしました。倉吉において、今回のようなハイレベルでの「モーツァルトのレクイエム」が聴けるのは、奇蹟のようなものです。鳥取県のように日本で最も小さな県で、宝石のような輝きを持った見事な演奏に出合える喜びを、しみじみと感じました。米子第九合唱団の皆様に心より御礼申し上げます。
※ディレクターの追伸
◆ハイドンの交響曲55番が「校長先生」という名前がついていることをお教え願えましたので報告いたします。ありがとうございます。よく調べてみますと、まだまだたくさんニックネームがあるようでした。
◆ところで、モーツァルトのレクイエム演奏に先立ち、二人の音楽同人(優れた合唱指揮者であった「丸」雅紀氏と卓越したファゴット奏者としてアザレアのまち音楽祭に出演されていた)の死を悼むとのアナウンスをしたのですが、最後の曲が終わったあと、間髪いれずに「ブラボー!」の発声があり、曲の余韻を聴くことも、レクイエムを捧げたお二人を思慕する事も出来ず、苛立ちを覚えたものです。折角来ていただいたお客様であり、悪気があるわけではないのでしょうが正直言って苛立ちを覚えました。レクイエムで音楽仲間の死を悼んでいるのに、「ブラボー!」は無いんじゃない!と言うのが本音です。
◆当日の指揮者「松岡究氏」のブログにも、同じような記述がありましたのでご紹介します。
・・・そういえば先日の米子・倉吉での本番でもブラボーや拍手のタイミングが早くて、演奏者のみんなが嫌な思いをしました。終演後その話になって、どうしてそうなるのかと言う議論がありました。「オレは知ってるんだぞと言う見栄っ張りの初心者」「拍手は早ければ早いほどいいと思っている初心者」大体この2つの型?に絞られるんではないかと言うことでした。初心者ではなくかなりの玄人の人も見栄っ張りの人は早いんじゃないでしょうかね。音楽を聴くことより人より早く拍手して「オレは誰よりもこの曲を知ってるんだぞ」と言うことに満足感を見出しているとしか思えませんね。皆さんはどう思われますか?金曜のN響のBS放送を少しだけ見ていましたが、必ず早く拍手する人が一人いましたね。あ~~あ!(松岡究)