アンケート・コメント09 アジサイ旬間

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アザレアのまち音楽祭2009 アンケート・コメント

 回収されたアンケート用紙に、コメントされていたものをご紹介します。
 満足度は、回収されたアンケートによって集計したものです。

アジサイ旬間(5公演)

6/20(土)19:30〜 倉吉博物館玄関ホール【辺見康孝ヴァイオリン・コンサート】
6/21(日)14:00〜 倉吉交流プラザ   【鳥取邦楽合奏団演奏会】
6/23(火)19:30〜 倉吉交流プラザ   【山城裕子ピアノ・コンサート】
6/24(水)19:30〜 倉吉交流プラザ    アザレア・サロン・オペラ
                          『バスティアンとバスティエンヌ』(モーツァルト)
6/28(日)14:00〜 ファイナル・コンサート(倉吉未来中心大ホール)
       閉会式典とアザレア歌のコンサート(合唱と独唱)
       第1部 合唱の祭典(女声合唱の部)赤碕女声コーラス「まどか」、ザ・ラニアルコーラス、コール・ウインドミル、倉吉女声合唱団、
       第2部 声楽コンサート〔森田麗子アルト・コンサート〕
       第3部 合唱の祭典(混声合唱及び児童合唱の部)混声合唱団コーラスはわい、三朝コールげんげ、混声合唱団みお・混声合唱団こさじ・成徳小学校合唱団・上灘小学校合唱団

 

6/28 ファイナル・コンサート「アザレア合唱&森田麗子アルト・コンサート」
□満足度 とても満足 57%  満足 36% 普通 7% やや不満0%  とても不満0%

   

○女声コーラスも良いものだと改めておもいました。これからも頑張ってください。森田さんのアルトの歌声もとても素晴らしかったです。特に「ハバネラ」を歌っている姿はとてもカッコ良かった。女声コーラスはもちろん、混声コーラスもとてもすばらしく感動しました。幸本美由紀さんのピアノ演奏、素晴らしかったです。子供達のかわいい歌声にも、聴きほれてしまいました。優勝目指して頑張ってほしいです。( 倉吉市 20歳代/女性)

○合唱団のみなさまの演奏は、とてもよく歌いこんであったようです。それぞれの合唱団にできる上限にまで仕上げがなされていたように聴こえました。年齢によって高音の張りが少し失われている(失礼)と思われる団体も、その声質の中で自然な良い表現が出来ていました。森田さんのコンサートはとても良過ぎて、合唱コンサートの間に置いたことに不自然さを感じます。(50歳代)

【ディレクターの回答】

 合唱団の、見えざる努力の跡を見ていただき、うれしく思います。なにごとでもそうですが、最高と言われる頂点は無限であり、結局何処まで追求してもきりがないものです。求めていた「青い鳥」は、直ぐ側にあるのです。各合唱団の求める理想の音楽は、すぐそばにあることに気がつくか、気がつかないかだけのことです。それぞれの合唱団が追い求める「青い鳥」は、それぞれ違っているはずです。「それぞれの合唱団にできる上限にまで仕上げがなされていたように聴こえました。」とのお言葉は、まさに各々の「青い鳥」を手にした喜びを言い表してくださり、本当の意味での「みんな違って、みんな良い」(金子みすず)というお褒めのことばとして至上の喜びです。よわいを重ねると肉体は衰えますが、心の内は澄み切ってくるものです。ご高齢の皆さんの合唱を聴いていると、その音楽の表情は益々若く、青春の想いが溢れているのを感じます。その歌声を作る表情の若々しさには、一瞬ドキッとさせられる青春の輝きがあります。本当に感動的なコンサートになりました。

 ところで、声楽のソロコンサートを、合唱とサンドイッチすることへの懸念は、仰るとおりだと思います。以前は、合唱のみを第一部とし、ソロコンサートを第2部として設定していました。しかし、聴衆のコンサートに対する姿勢が、お目当ての団体のみを聴けば目的が終わるというものであり、その出番が終わると退席されてしまい、第2部を聴いてくださる方が激減するのです。そのようなことでは、ファイナル・コンサートにソロコンサートを入れた意味がなくなりますので、現在のスタイルに昨年度より移行しています。どうぞご理解ください。「森田さんのコンサートはとても良過ぎて」とのコメントは、お褒めのことばだと理解させていただきます。森田さんは、島根県を代表する実力ナンバ−ワンの方です。山陰の名手たちコンサートの常連であり、アザレアのまち音楽祭の常連にもなっていただきたい方です。また、ピアニストも卓越した技量の持ち主で、ソリストに劣らぬ表現力で取り組んでおられる姿に、感動を覚えました。

○何れも大変すばらしかったです。有難うございました。今日が(アザレアのまち音楽祭)閉会、惜しい気持ちです。総じてお願いしたいと思いますのは、耳が悪いのか「マイク」による声量拡大の方法を考えてほしいと痛感しています。ことに、話しことば、説明などは、必要と感じます。申し訳ありません。勝手申しあげました。(倉吉市/女性)

【ディレクターの回答】

 アザレアのまち音楽祭に惜別の情をいただき感謝いたします。マイクの件ですが、実はゲネプロの時間に、様々な工夫をしていただき、調整しました。しかし、この問題は微妙でして、合唱とのバランスの問題、音楽が始まる直前にマイクで増幅された声を出す事は、次に演奏される音楽をひ弱に感じさせる逆効果があるため、出来るだけ小さな音で案内放送をしています。「ポラーノの広場」で、語りが入りましたが、言葉が分かり辛いのでマイク音を少し大きめにしましたが、音楽的なバランスから言えば、やりすぎだったとの反省をしています。来年度は、マイクの音量と音質について十分に検討し調整したいと思います。

○とてもすばらしい歌声でした。来年も楽しみにしています。 (倉吉市/60歳代/女性)

○いろいろな合唱団の演奏が一度に聴け、参考になる。アルト・コンサートもとてもよかった。ソプラノ演奏は多いが、アルトは少ないので良かった。(湯梨浜町/50歳代/女性)

○合唱、ザ・ラニアル、ウインドミル、満足。森田さん、アルトコンサート、とても良かったです。ピアノを含めてアンコールがなく残念でした。(湯梨浜町/70歳代以上/女性)

○アザレアのまち音楽祭の前夜祭的音楽会を開いてはどうか。前夜祭とは「とてもプロ級とはいえぬけど、せっかく練習しているのだから皆様に聞いてほしい」程度の腕前のセミ?プロ集団の音楽祭のことで、この中からプロも育つと思う。だから勿論無料とし、場所の使用料は、その団体が寄付で集める等の努力は必要であろう。中部地区は、西にも東にも南にも、交通は便利だとはいえぬ。その限られた地域の人を効率よく集め、楽しんでもらうには、「プロ」の前の人たちの要請が、助力が必要であろう。合唱に小学生が参加しているように。合唱団こさじ、すばらしい!! (倉吉市/70歳代以上/男性)

【ディレクターの回答】

すばらしい提案をいただき、有難うございます。このアンケート・コメントを下さった方には、以前にも様々な提案をコメントしていただき、音楽祭の運営に大きく反映させていただいています。まずは、投稿子に深く御礼を申しあげます。今回ご提案いただいている「前夜祭」は、実行委員会の中でも以前検討したことがあります。しかし、「『とてもプロ級とはいえぬけど、せっかく練習しているのだから皆様に聞いてほしい』程度の腕前」との判断は、とても難しいということがあります。言葉どおりで考えると、そのような方は完全にアマチュアであり、アザレアのまち音楽祭のミッションには該当しません。謙遜してそのように言ってはいるが、技術はプロ級であるかたたちであれば、仰るとおりです。しかし、「その団体が寄付で集める等の努力は必要」というのは理解できますが、それが足かせになって、どなたも手をあげない現実があります。コンサートを開催するには、かなり高額な経費がかかります。

アザレアのまち音楽祭は、普段音楽活動をしている成果の発表会にはしていないのです。演奏する者が主人公ではないのです。音楽を聴いてくださる聴衆が主人公となっていただけるよう、コンサートを仕組んでいます。誤解を恐れず申しあげれば、聴きたくもない人、お義理でお出でになる方にも、音楽鑑賞の本当のすばらしさを体験していただきたいのです。そのために、コンサートマナーを強く要求しているのです。「そんなマナーなどお断り」という方には、残念ながらご退場願っています。つまり、コンサートは同じ空間で、同じ時間を共有する仲間でなくてはなりません。一人のわがままは、全員に迷惑を掛けるのです。この、一期一会の時空間を、素晴らしく美しい時の流れに出来るのは、そこに集う聴衆の皆さんの心ひとつです。

しかし、残念ながら今年も、聴衆のマナーの悪さには、ガッカリを越えて深い悲しみを持たされました。注意力の持続は不可能な子供さん連れのために、「親子席」を設定しましたが、無視される方が多く、結局一般席で、ざわめきの原因になってしまいました。演奏中に携帯メールをしておられる方、ビデオカメラを回す人、写真を撮ろうとする方などありました。結局、クラシック音楽のコンサート・セオリをご存じないだけのことです。悪意があったり、意地悪ではない所が問題なのです。ロイヤリティの高い聴衆の皆様には、不愉快な環境になってしまったことをお詫びし、来年度は、更に検討を加えた対策を採りたいと思いますのでご了解ください。

蛇足です。私が若かった頃には、「無知は罪」だといわれ、ルールを覚えないことには全くその楽しさ面白さが体験できないことを知っていました。現代は、クラシック音楽がマイナーな世界であります。ポップス音楽のコンサートは「祭」だ、との認識のままで、完全な静寂が要求されるクラシック・コンサートにお出でになると、相当の戸惑いと、不自由さを感じられることでしょう。しかし、この静寂を作るという行動は、サッカーの観戦で歓声をあげるのと同じ行為なのです。それが、物事を楽しむそれぞれのセオリーになるのです。

アザレアのまち音楽祭は、たとえ幼稚園児や小学生たちが参加するコンサートであっても、コンサートとしての最低限度のセオリーを構築させたいと願っています。お祭りのコンサートをお望みの方は、パープルタウン・コンサートにお出かけいただければ、存分に楽しんでいただけるはずです。

内部評価 評価委員 押本昌幸

【ファイナル・コンサート/アザレア合唱&森田麗子アルト・コンサート】

演奏⇒1部・女声合唱の部

@ザ・ラニアル・コーラス=各パートがまとまってきたようです。

Aコール・ウインドミル=沖縄でまとめました。

B倉吉女声合唱団=各パートが存在感を示していました。

C赤碕女声コーラスまどか=楽しいコーラスの雰囲気がありました。

2部・森田麗子アルト・コンサート

演奏⇒「珍しい」アルトのコンサート。ソプラノとは違う厚みと迫力が感じられました。ただ、この第2部ではコンサートマナーの悪さが目立ち、聴くほうの集中力がキレました。演奏者には気の毒に思われました。「のど飴」のものらしい紙のカシャカシャ音。携帯の音。頻繁な出入り。演奏中の移動等々。第1部は緊張感があってよかったのですが…。すばらしいアルトに対し残念でした。

第3部・混声合唱/児童合唱の部

演奏⇒@三朝コールげんげ=一見やさしそうな曲を指揮者の下、丁寧に歌っているように感じました。

A混声合唱団みお=「組曲ポラーノの広場」でしたが合唱としては「細切れ」の感じがしました。歴史ある「みお」の存在感を示す曲としてはもの足りませんでした。

Bこさじ=アカペラ、ハーモニーが一番美しいと感じました。少人数からか各パートのバランスもいい。合唱の盛んなリトアニアのミシュキニス作曲の「Regina coeli(天の天后喜びたまえ)」の挑戦もすばらしい。鳥取の「タリス・スコラーズ(ピーター・フィリップ指揮、イギリスのアカペラのみで演奏を行う声楽アンサンブル)」を目指してください。個人的には「合唱」よりも「声楽アンサンブル」の方が「美しさ」を感じるのです。

Cコーラスはわい=生涯学習でのコーラスの楽しさがメンバーにあふれていました。

D上灘小学校合唱団=昨年より音のまとまりが出来てきているようでした。まだまだ伸びる。

E成徳小学校合唱団=少しこじんまりとまとまっている感じがありましたが、よく練習されているのはわかりました。

今年の「アザレアのまちの音楽祭」、終わりました。オープニング・コンサートのCDを聴く機会がありましたが、あらためて確認できたのはCDの音の出来の方が「生」よりよく聴こえるということです。一般に素人の演奏ですと、録音のほうが「アラ」がよくわかるのですが、プロの演奏に近づくと、CDの50ヘルツ以下と20000ヘルツ以上がカットされているせいか(編集ではなく)、気になった音が気にならなくなって、いい演奏に聴こえるのです。思いも寄らぬ今年の収穫でした。皆さまも、CDにごまかされぬよう、来年もライブでお楽しみください。失礼しました。

【言い訳と反省】

 第一部の女声合唱は大変よくまとまっていました。「ザ・ラニアル」は、指揮者の森さんのカラーが浸透してきて、個性の感じられるすばらしい演奏になっています。「お母さんコーラス大会」がんばってください。

「コール・ウィンドミル」は、先回聴いた「大栄農村環境改善センター」でのコンサートより、格段の違いを見せていました。合唱団自体がとてもハイレベルな団体ですので、その実力を遺憾なく発揮された演奏だったと思います。1・3曲目と2曲目のアーティキュレーションの違いなど、微妙な表現を物する事が出来るなら、全体的な表現プランをもっと明確に打ち出すべきだと感じました。これは、かなり高度な注文ですが、ウィンドミルであれば十分可能だと思います。今後を期待しています。

「倉吉女声合唱団」は、相変わらずのがっちりしたコーラスを聴かせてくれました。望むらくは、音楽的な完成度は重要ですが、歌うメンバーの喜びを、もっと表面に出しても良いと思いました。今でも十分なのですが、聴いていると段々と欲が出てきます。

「女声合唱団まどか」この合唱団は、遅々としていますが確実にステップアップしています。特に今年は、声のまとまりを感じました。自分たちの合唱団の特性を踏まえた音楽作りに好感を持ちました。

「コールげんげ」は、音楽作りが段々若々しくなっています。合唱団員の皆様が、歳を重ねるごとに若返っているように感じさせる合唱でした。若い指揮者の「若いエネルギー」をどんどん吸収して、生き生きとした音楽が生まれています。技術的な問題は、専門家である指揮者がよくご存知ですので、安心して未来が期待できます。

【混声合唱団みお】音楽の聞かせどころを掴んだ見事な音楽作りです。指揮も流石と思わせる適切な指示を出しており、第一級の出来だったと思います。文句なく良かったと思います。

「合唱団こさじ」は、相変わらず素晴らしい演奏でした。演奏レベルはとても高いものです。「こさじ」のレベルに慣れてくると、もっと上を要求したくなるものです。今回の出来は、昨年の名演がありますので、平凡に聴こえましたが、かなり技術的な問題が見え隠れしていました。そんなことより、まず、ブレスがもっと自然に出来るようになれば、鳥取の「タリス・スコラーズ」になれるかも?しれません。期待しています。

「コーラスはわい」は、聴いていてワクワクさせられるオーラを持っていました。歌う喜びに溢れた合唱であり、コンクール狙いの多い中でアマチュア・コーラスの狙うべき方向性を確実に持った合唱だと感服しました。

「上灘小学校合唱団」は、毎年「おお、ひばり」を歌いますが、とても良い事だと思います。ひとつの歌を歌い継ぐ事は、指揮者にとってアナリーゼの追及であり、子供たちには自然な発声を促す効果があるものです。地声ではなく、響だけで歌えるようになると最高です。

「成徳小学校合唱団」は、昨年に比べて「おやっ」と思ってしまいました。評価委員も「こじんまり」と表現していますが、響が抜け落ちてしまったのではないかと思わせるものでした。そうは言っても、対外的なレベルは高く、子供達の能力も素晴らしいものを持っているようです。

蛇足⇒一般の合唱のピアニストは、どなたも素晴らしいバランスで演奏していました。小学校のピアノは、一般合唱団のピアニストの演奏振りを研究し、児童合唱の場に生かされることを願っています。

 

音楽祭全体の総括は後日掲載いたします。

アザレアのまち音楽祭ディレクター

計羽孝之

 

6/24 サロン・オペラ【バスティアンとバスティエンヌ】
□満足度 とても満足 88%  満足 0% 普通 12% やや不満0%  とても不満0%

    

○楽しい時間を過ごす事ができました。 ( 倉吉市 50歳代以上/男性)

○大変良かった。とても楽しかった。 (50歳代/女性)

○オペラトークの中のお話も、モーツァルトの曲も、とても良かったです。稲毛麻紀さんのピアノを聴く事が出来て嬉しく思います。来年はぜひ倉吉で稲毛さんのコンサートを開催して欲しいです。楽しいオペラでした。佐々木さんも小谷さんも可愛らしくて良かったです。山田さんの歌声は初めて聴いたのですが、とても素敵でカッコ良かったです。 (倉吉市/20歳代/女性)

○大変素晴らしかったです。有難うございました。 (倉吉市/70歳代以上/女性)

【ディレクターの回答】

室内オペラですので今回は90席用意していました。そんな状況の中で当日は134人の入場があり、補助席を緊急措置として出させていただき、御迷惑をお掛けしました事をお詫び申しあげます。サロン・オペラとしての作品は上演時間が短いため、オペラトークと称してお話させていただきましたが、無駄話が過ぎて予定して時間が過ぎてしまいました。どうぞお許しいただきたいと思います。今年の10月3・4日に、 米子市 公会堂に於いて、鳥取オペラ協会オペラ公演「フィガロの結婚」全幕を上演いたします。オーケストラはミンクス室内オーケストラが担当します。どうぞお出かけください。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【サロン・オペラ「バスティアンとバスティエンヌ」】

第一部

■演奏⇒オペラ・トークは適宜な企画と思われます。難解に思われがちなオペラを、解説することは必要かもしれません。NHK教育のクラシック番組でも演奏前に、スタジオでのトークがあって、理解を助けていますが、そんな感じがしました。また、ホントにしんどいからでしょうが、ベンチに腰掛けての解説はいいスタイルだと思われました。ただ、時間進行が冗長で、意図どおりに行かなかったであろうことは残念でした。NHKに倣って言えば、プロの彼らでさえ、台本を使って時間進行しているのですから、台本なしの解説はすばらしいけれども、時間進行の面では失敗だったと思いました。

言い訳と反省自分でも、いつも話が冗長になってしまう癖があることを知りながら、忙しさにかまけてつけ刃のトークになったと反省しています。話す事になれているとの自惚れがあったようです。実は、ほとんど打合せせず、本番の前にトークのプランを考えたというのが本当のところです。現在鳥取オペラ協会では、10/3・4のオペラ「フィガロの結婚」練習中であり、歌えるアリアを知っていましたので3人の歌手に歌っていただく予定だったのです。ところが、話があちこちに飛んで時間を使ってしまい、あとお一人の歌を割愛せざるを得なくなったわけです。その辺りも、しっかりと見透かされており、恥ずかしいかぎりです。来年度も継続する予定ですので、今度は台本を作り、「お見事!」と評価されるように努力したいと思います。

第2部

■演奏⇒少女役佐々木氏、恵まれた体つきと美しい声。本当に小鳥ちゃんが囀るかのように歌っていました。せりふさえも、少女アニメの子どもの声のようにさえ感じました。あとは、表現力でしょうか。しかし、役柄によっては、生のままでいけるような感じでした。 コラス爺さんの山田氏。歌もせりふも演技も充分だろうと思われました。 少年役小谷氏、少年には違いないけれど、「鶴がかえる日」のヤマト役見えてしまいました。歌唱も少年ぽいといえばそれまでですが、生徒ふうの歌い方に聴こえました。音域に高低差のある部分での安定感に不安がありました。 せりふにも山田氏のようなメリハリが欲しいと思いました。しかしながら、若さは充分表現されていたと思います。 照明は、かなり単純化されていましたが、逆に技術が要るのだろうと思われました。森の樹々の雰囲気は出ていたと思います。一番は基本的な役者へのライティングが正確だったことでしょうか。 演出等で感じたことで言えば、少年がコラス老人に懇願する場面で土下座したこと。あまりににも日本的で、まるで「領主様、おねげえでごぜえますだ」ふうに見えてしまいました。欧風であれば、相手の手を握って懇願するとか何か、違った仕草であろうと思いました。また、少年の髪型が日本の少年過ぎるので、長髪のカツラをつける等工夫が必要に思いました。 少女は素敵だったのですが、貴族の娘ではないにしてももう少し、ウエストが強調されるような衣装であればもっと素敵であったと思います。あとコラス老人の風体が若いのでせめて白或いは銀、灰のメッシュを入れるとかすれば、多少雰囲気が出たのでは、と思いました。若さの新鮮さのなかでベテランの技量が目立ったステージであったと思いました。

言い訳と反省オペラについても、ほとんど評価していただいたとおりだと思います。今回も鹿野の「鳥の劇場」の照明さんにお世話になりました。さすがプロの仕事と言わしめる見事なライティングであったと思います。オペラ制作の現場は、とてもクリエイティブでありますが、到底、素人仕事で出来るような範疇を越えています。そんな中で、鳥取オペラ協会若手の活躍に対しては、温かく見守っていただける事に対し感謝いたします。それぞれの歌手達は、現在発展途上の真っ只中です。様々な批評をいただけることは、その可能性を見ていただいている事だと感謝するものです。

 

6/23 山城裕子ピアノ・コンサート
□満足度 とても満足 75%  満足 25% 普通 0% やや不満0%  とても不満0%

久しぶりに、山城裕子さんのコンサート、大変満足いたしました。これからも、このような多くの人のコンサートをお願いいたします。( 倉吉市 60歳代/女性)

○山城さんは、しっかりした自分の個性を持っておられるといつも感じるが、曲によっては向き不向きがあると感じていた。しかし、今日は、どの曲も納得できる演奏で、全体の仕上がりも大変良かった。改めて、山城さんの実力を再認識したコンサートだった。(男性)

○優しくもあり力強くもある演奏に感動しました。ぜひ来年も聴きたいと思います。 (倉吉市/20歳代/女性)

○素晴らしい! とっても大感動!!また、ぜひ聴かせていただきたいです。(倉吉市/30歳代/女性)

○曲の解説があれば、もっと親しめると思います。 (倉吉市/男性)

【ディレクターの回答】

いつもサロンのように、短い解説があるのも楽しいものです。しかし、今回のように、演奏が素晴らしく、次から次へと音楽だけが流れるコンサートの悦楽は捨てがたい魅力です。これまでお聴きになった方々からの解説は不要とのご希望多く、お話無しのリサイタル形式で演奏していただくようお願いしていました。どうぞご了解ください。

改めて、山城さんの実力を再認識した」とのコメントもありましたが、今回のコンサートは、これまでと比べても出色の出来だったと思います。確かなテクニックに支えられて、弾きたい意思のままに表現できるピアニストだと感服しました。特にタッチの鋭さに光るものがあり、万人を納得させる演奏だったと思います。帰路につく満員のお客様より、口々にその素晴らしさをお褒めいただきました。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【山城裕子ピアノ・コンサート】

昨年、一昨年の演奏会の評判か、交流プラザのホールが満席になりました。

■演奏⇒1部、バッハほか。聴いた場所が悪かったのか音が大きすぎて、バッハの演奏としてなじめませんでした。途中、演奏のあと、彼女は結構弾き終わった余韻を味わっている様子なのですが、その余韻が消えないうちに入り口のドアが「ガバッ」と開いて数人が入場しました。拍手がある前に、である。なかには彼女の知り合いの大学教授もおられたようだが、たとえ大学教授であれまずいのはまずい。しばらくは興ざめでありました。

2部、リストの曲など。場所を変えました。違う、違う、きれいに迫力をもって聴くことが出来ました。とくに、左手、というか低音部の安定感は他の女性奏者とは違う思いがしました。かといって、がむしゃらに弾く、というのではなくメリハリはあり、奏法が違うのでしょうか、ピアノが「鍵盤楽器」という範疇ではなく「打楽器」ということを実感させられました。線の太い演奏(鉛筆とマジックインキほどの違いを感じました)、というか、日本人好みではないかもしれませんが、輪郭のはっきりした演奏だと思いました。音圧は、並みの女性奏者とは違いますね。大きなホールでの演奏は映えるでしょうね。

言い訳と反省第1曲目が終わった直後の入場は、タイミングが早すぎましたが、仰るようにバッハが2曲終わったあとでの入場にすべきでした。この責任は入場されたお客様ではなく、入場を許した主催者側にあります。今後のコンサートの教訓にしたいと思います。

 倉吉交流プラザ視聴覚ホールの音響は、すべての場所がベストとはいかないのが現状です。会議用に作られた階段席を含む150席のホールのままでは、大変デッドであり、豊かな響は得られませんでした。そこで、アザレアのまち音楽祭のサロンとして豊かで美しい響を求めて試行錯誤し、現在のような使い方をしています。つまり、階段席を収納して平土間とすることでホール容積を広げ豊かな響きを得るため、一席の容積を、11立方メートル以上を確保しました。そのために150席定員を半分の70席としています。また、小さなサロン空間にフルコンサートのピアノは大き過ぎますので、何とか響の拡散を抑えて集束させるために、真四角のホールの対角線の一方をステージとし、移動式の反射板を設置したわけです。そうする事でピアノの音を弱くすることと、かなりの響きを止める効果はありました。しかし、ご存知のように、ピアノの音は向かって斜め右横に響きますから、どうしても上手の席には、直接音が大きくなります。後半は、多分正面か、下手側でお聴きになったため、バランスの良い響だったものと思います。本当に言い訳ですが、そのために上手の席は極端に少なくしています。ご了解ください。

 

6/21 とっとり邦楽合奏団・コンサート
□満足度 とても満足 82%  満足 18% 普通 0% やや不満0%  とても不満0%

 

○邦楽のすばらしさ、改めて実感しました。夫々の楽器の調和の音色、驚嘆しました。有難うございました。( 倉吉市 70歳代以上/女性)

○淀屋ものがたりは、胸が熱くなりました。有難うございました!!米子八景もすばらしく、ますますのご活躍をお祈り申しあげます。(倉吉市/60歳代/男性)

○自分がならっているのと本当に同じ楽器なのか疑問に思うほどすごかったです。(鳥取市/短大生/女性)

○邦楽合奏を楽しみにしていました。期待通り、安らぎ、美しい音色、お琴のすばらしさ、三味線の素晴らしさに、感動いたしました。尺八、他の楽器の音色もほんとうによかったです。 ハーモニーを楽しませていただきました。やはり、古典音楽は大好きです。来年も是非、お願い致します。(倉吉市/70歳代以上/女性)

○邦楽の演奏を生で聴く機会は、ほんとうにないので貴重な豊かな時間をありがとうございました。日本の楽器の奏でる音色の美しさを改めて知ることができました。また、大西瑞香さんの丁寧な解説で、より深く聴くことができました。ありがとうございました。来年も是非、演奏を聴かせていただきたいと切に願います。米子八景での演奏と美しい歌声に感動しました。今日は、母と二人で伺いました。良い想い出になりました。(湯梨浜町/50歳代/女性)

○とても新鮮でした。倉吉でたびたび聴きたいです。(倉吉市/40歳代/女性)

○三味線や尺八は、テレビなどで聴いたことはありましたけど、初めて生で見て、印象がとても変わりました。和楽器全般の印象が変わりました。迫力が想像以上にあったし、情景が思い浮かんできました。「淀屋ものがたり」が、私は一番好きです。聴いていると心が落ち着いたし、とても鳥肌が立ちました。三味線や筝や尺八や打楽器を単独で聴くのもいいけど、全部が一緒に演奏している合奏がとても良いなと思いました。尺八は水の流れる音に似ていて、聴いていると穏かな気持ちになりました。(大山町/短大生/女性)

○音が親しみやすくてとても良かったです。(倉吉市/60歳代/女性)

○平素あまり聴くことのできない、すばらしい音の世界にうっとりとしました。日本の楽器はやはり良いですね。それぞれの楽器の調和もよく、皆さん大変、練習に努力されたことと思いました。有難うございました。歌いながらの演奏、声がきれいで、大変よくハーモニーしていました。(倉吉市/70歳代以上/女性)

【ディレクターの回答】

鳥取邦楽合奏団の演奏を、初めて聴かせていただきました。米子市での初演も聴き逃していましたが、記録CDは聴くことができました。その時の印象は、「こんなものかな」という程度にしか認識していませんでした。毎年恒例になっていた大西瑞香さんの筝曲演奏会を依頼しました折、この合奏団をぜひやりたいとの意向が示されました。ご自分の演奏会を鳥取邦楽合奏団に切り替えたいとの熱意で、今回の演奏会になったわけです。

ところがゲネプロ(コンサート会場での直前の練習)を聴かせていただき、びっくりしてしまいました。CDで聴いていた演奏レベルとまるで違うのです。とても緻密なアンサンブルが行われていたのです。これほどの邦楽合奏は、山陰には無いでしょう。それにしても、大西瑞香さんのリーダー性の凄さに舌を巻いたわけです。これほどのレベルを作り上げるには、既存の流派の中では難しいかもしれません。この合奏団に参加されている方々の卓越した力量に対し敬意を払うものです。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【とっとり邦楽合奏団演奏会】

■演奏⇒音楽祭唯一の邦楽コンサート。筝の様々な調べを聴くことの出来たコンサートでした。大西氏の、洋楽と異なる唄声もよかったと思います。残念なのは楽章構成の曲に慣れていない邦楽ファンなのか、楽章間で何度も拍手が起ったのは気の毒でした。そして、どうしてもとお祖母さんが言われ、1曲だけ孫に聞かせたい、騒いだら退席という条件で入った幼児。やっぱり騒いでからは遅い。お稽古事の発表会と同じに考えられたお祖母さん、招待する方も「コンサート」である旨を告げて置くべきだと思います。無理を通されると会場係は阻止し辛いと思います。

圧巻は「米子八景」だったのでしょうが、これについては過去の鳥取県総合芸術祭でも否定的な評価をしているのですが、邦楽?でしょうか、という違和感。「唄」なのか「コーラス」なのか不明な歌。発声は洋楽風ですが…違和感。あと太鼓群と尺八連とのバランス。尺八が弱く、絞ったであろうがまだ太鼓群が強い、と感じました。

言い訳と反省やはり幼児の入場は、お断りすべきだったと思います。今回のコンサートは成人を対象にした芸術鑑賞としての催しです。鑑賞マナーを成人のように守れる幼児などいないでしょうから、お断りするのが当然だったのかも知れません。一人の子供のために他の多数の鑑賞者が不都合を感じるようでは、アザレアのまち音楽祭の規範に反します。子供のためのコンサートに、お連れなられる事の方が、子ども自身のためです。教育的配慮と称して、聴きたくもない子どもに聴かせるのは、一種の拷問です。音楽を拷問の道具にしたくありませんので、聴きたいと望む方を第一に置いたコンサートこそが、熟成された音楽環境といえるものです。

 「米子八景」については、評価いただいた内容は、ある意味で当たっていると認識しています。しかし、明治になって起こった新音楽といわれる邦楽器作品のほとんどは、西欧音楽との融合だった事を考えれば、まんざら違和感があるというだけで終われない一面があります。哲学ではキルケゴールに始まった「無」の系列が現代につながり、禅思想の無に到達したように、調性を失った西欧音楽が、12音技法、微分音、チャンスオペレーションなどと変貌を遂げ、武満徹のノベンバー・ステップスで邦楽器との融合を完全に成し遂げたりしています。ですから、クラシック音楽、邦楽などと区別する範囲に留まって感じられるのは、作品の完成度次第だと思えます。米子八景に調性を感じるのは、七音の音階で作られている事と、和魂洋才といわれた、西洋音楽の書式で作品が作られているせいだと思います。この作品を音楽の歴史的な系譜の中で見ていくと、先人が苦闘して築いていった方法論の拡散と集束の歴史が、あまり反映していないように感じられるからだろうと思います。むしろ、西洋音楽の古典派が築いた方法論が、和楽器を使った作品に使われただけとも取れる作曲技法が、石井真木や黛敏郎・武満徹の作品を聴きなれた方には、違和感が生じても仕方ないだろうと思います。

 現代でも、一般大衆は、現代人であるにもかかわらず、現代美術の最先端は感受しません。同じ様に現代音楽も市民権を持ちません。演劇然りです。これは、何が原因なのかは、分かっているようで分からないのが真相だと思います。そして、100年も前に終息した芸術活動を、後生大事に現代でも愛好しているのが現状なのです。そんな範疇の中で、「米子八景」を考えるとき、どっちつかずの作品である事は否めない事実です。しかし、見方を変えると、そのどっちつかずが、現代人の曖昧さとあいまって、作品の訴えようとする事柄が見えてくる事があるのです。明確なことばの意味は分からないし、刻まれるリズムの意思も分かりはしないが、何となく心に伝わるものが感じられるのです。それこそが、この音楽の値打ちであり、存在理由にもなるのです。現代音楽は、感じる努力がなければ、何も伝わらないというドグマを持っています。それを承知で、ただ聴くことだけに集中すれば、どんな音楽だった楽しめることでしょう。結論は、作品の完成度と演奏の完璧せいです。

 

6/20 辺見康孝ヴァイオリン・コンサート
□満足度 とても満足 100%  満足 0% 普通 0% やや不満0%  とても不満0%

 

○期待通りのすばらしいひとときをいただきました。とても楽しく来年もと…。 ( 倉吉市 70歳代以上/女性)

○繊細な音色、大変すばらしいです。有難うございました。殊に二部演奏の巧妙な演奏すばしく驚嘆いたしました。(倉吉市/70歳代以上/女性)

【ディレクターの回答】

アザレアのまち音楽祭で最も人気の高いコンサートの一つとして、聴衆から支持されるに十分な演奏会だったと思います。甘いヴァイオリンの調べ、抑制の利いた情感を表現する力量はさすがだと思いました。当日のプログラムは泰西名曲から現代音楽まで網羅する難曲ぞろいを、いとも容易くさらっと弾いてみせる辺りは、プロでしか出来ないことです。大変贅沢なコンサート体験だったと感じ入りました。聴衆も満席以上の入りであるにもかかわらず、大人のコンサートとしての静寂が保たれたのは、熟成された音楽環境のなせるわざだと思います。正に、アザレアのまち音楽祭の中の「アザレアのまち音楽祭」の象徴のようなサロンとなりました。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【辺見康孝ヴァイオリン・コンサート〜X(ixsa)イクサ〜】

■演奏⇒いつもながら「現代音楽」必ず聴くことが出来るのが嬉しい。残念ながら会場での反応は、一般的な曲のほうがよく受けたようでした。ただ、それらの曲も自らの編曲で「現代音楽」ふうな味付けがあったのはよかったように思います。構成も、著名な曲をアレンジして得意な弾き方で魅了し、あいだに「現代音楽」を挟み、聴かせてしまう説得力がありました。今回感じたのはシュトックハウゼンの曲で結構ハープが効果的なのを感じました。

ヴァイオリンの迫力ある響きが聴くことの出来たコンサートでした。

言い訳と反省今回のコンサートは、大変すばらしいプログラミングであったと思いました。現代音楽を得意とする辺見氏だからこそ可能なコンサートだと、深く感じ入りました。ラベルの「ボレロ」が、ハープの本体を指で叩く音から始まった時には、ワクワクさせられました。編曲が出来たばかりの初演でしたので、今後、この曲が成長する事だろうと期待されます。何年か後に、再度聴きたいと強く思わせました。また、カルメンの組曲では、「ハバネラ」が終わった瞬間に拍手が入ってしまいましたが、拍手せずにはいられない気持ちが十分感じられるものであり、好感さえ持ちました。

辺見氏はこれまで、現代音楽を沢山演奏してきていますが、今回のシュトックハウゼンやジョン・ケージ、現代日本の作曲家の作品を取り上げるなど、現代に生きる演奏家が現代に生きる作曲家の作品を演奏することの重要性を明確に認識していることに敬意を表するものです。