アンケート・コメント09 ライラック旬間

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アザレアのまち音楽祭2009 アンケート・コメント

 回収されたアンケート用紙に、コメントされていたものをご紹介します。
 満足度は、回収されたアンケートによって集計したものです。

ライラック旬間(5公演)

6/ 9(火)19:30〜 倉吉交流プラザ   【西岡千秋(Br)・寺内智子(Sp)ジョイント・コンサート】
6/11(木)19:30〜 倉吉交流プラザ   【中ノ森めぐみピアノ・コンサート】
6/14(日)14:00〜 三朝町総合文化ホール【小椋順二ホルン・コンサート】
6/17(水)19:30〜 倉吉交流プラザ   【小椋美香子ソプラノ・コンサート】
6/19(金)19:30〜 倉吉交流プラザ    【杉山清香クラリネット・コンサート】

6/19 杉山清香クラリネット・コンサート
□満足度 とても満足 89%  満足 11% 普通 0% やや不満0%  とても不満0%

 

○大変よかったです。 ( 米子市 50歳代/女性)

○楽しい、おしゃべりです。 (50歳代/男性)

○とってもステキでした。 (倉吉市/60歳代/女性)

○クラリネットもピアノの音色も、とてもきれいでした。来て本当によかったです。素敵な時間をありがとうございました。 (倉吉市/20歳代/女性)

○落ち着いた音色、くつろがせて貰いました。有難うございました。(倉吉市/70歳代以上/女性)

【ディレクターの回答】

県内トップ奏者の杉山清香さんだけあって、さすがの演奏だと好評でした。レベルの高いテクニックに支えられた表現力もさることながら、その美しい音色に聴衆は魅了されたようでした。曲間のコメントで、アザレア室内オーケストラに参加して20年になるとのことでしたが、聴衆からどよめきが起こっていました。とても、そんな風には見えぬ若さと美貌のせいなのでしょう。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【杉山清香クラリネット・コンサート】

■演奏⇒1曲目のショーソンの曲では十分に伸びやかなクラリネットの音が聞こえませんでしたが、2曲目の第2楽章からは、彼女の持っているクラリネットの伸びのある音が聴かれたように思いました。1曲が終わるたびに恥じらいながらの笑顔が見られ、会場からは好感がもたれたようでした。堂々と、アザレアのお蔭で19歳から約20年も倉吉に登場していることを語るなど屈託のないお喋りでもありました。

ただ、演奏のたびに、癖なのでしょうが、左手を太もも附近でこすったり、マウスピースから離れたときに口をゆがめたり(せっかくの美顔が崩れます)、などはたぶん顰蹙ものだと思います。プロなら止めたい。

それと、マウスピースやリードケースなど備品を床に置くのはいかがでしょう。マット置き台のようなものを主催者側が用意すべきではないでしょうか。また、録音は当然のこととして、マイク等はなるべく目立たないようにすべきではないでしょうか。

ともかく、さわやかなクラリネットの音色でした。

言い訳と反省クラリネット・コンサートは、今年2度目です。5/29の前野さんは、今回の杉山さんに手ほどきを受けたとのことですので、先生に当たります。先回もそうでしたが、杉山さんのクラリネットの魅力は、甘い音色と確実なテクニックです。そのいずれもが遺憾なく発揮されたコンサートでしたが、クラリネットのオリジナル(クラリネットのために書かれた曲)曲が、やはり聴き応えがありました。ですから、アレンジものでは、どうしても楽器特有の個性が克服できず、音楽的な破綻をきたす事もあります。なるべく、楽器の特性が生かされたアレンジ曲を選択して欲しいと感じました。

 「人に七癖」と言いますが、美しいしぐさのクセを、意識してつけるようにされればと思います。ファッション業界のスタイリストは、当人の持っている癖を止めさせるのではなく、美しくアレンジメントさせるとのことです。杉山さんのクセも、ちょっと意識すれば、魅力的なクセになるはずです。

 リードや水滴取り用具を置く台を、そばにセットすべきでした。今後は、必要に応じて対処します。また、録音についても検討させていただきます。

 

6/17 小椋美香子ソプラノ・コンサート
□満足度 とても満足 70%  満足 30% 普通 0% やや不満0%  とても不満0%

 

○オペレッタ、たのしい説明とうたとで素晴らしかったです。金子みすずの詩、そのまま自然に受け入れられてよかったです。 ( 倉吉市 70歳代以上/女性)

○歌はもちろんですが、おしゃべりも楽しくステキなコンサートでした。 (倉吉市/60歳代/女性)

○チャーミングな説明、すごく声量のあるソプラノ、すばらしかったです。ありがとうございました。 (倉吉市/70歳代以上/女性)

○米子から聴きに来ました 。楽しいひととき、ありがとうございました。(米子市/70歳代以上/女性)

【ディレクターの回答】

とても安定した歌唱になってきたと感じました。声がますます艶やかさを増し、声を聴いているだけで説得させる力がついてきたと感じ入りました。今回のコンサートで、解説というよりもトークインのスタイルで、歌の世界に誘う方法は大成功だったと思います。コーヒーカンタータとジプシー男爵のトークインは、見事としか言いようの無い成功例です。サロン・コンサートに新しい風を吹き込んでいただけたと感謝いたします。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【小椋美香子ソプラノ・コンサート】

■演奏⇒評判どおりソプラノの歌唱力はもちろん、演技力の優れた方でした。だいたい、オペラなどの歌詞の説明など、くどくどしく、はやく歌で勝負しなさい、と思うのですが、この人は違いました。とくに、「こうもり」での説明は、聴衆を相手に語りはじめ、そこで既に演技が入っているのですが、そうして歌に持っていく、その流れが自然で非常に好感が持てました。さすがです。きっと、オペラに活かされていると思いました。第2部の金子みすずの曲集は、不安定な音の運びの曲を、当たり前といえば当たり前なのですが、雰囲気を壊さずに上手く歌い上げていたと思います。欲を言えば、もう少し声に響きがほしいと思われました。稲毛氏のピアノは、今回、積極的だと思われました。

◆言い訳と反省今回のコンサートで初めて試みたトークインのスタイルは高く評価されたようです。小椋さんの持ち味は、オペラで演技を伴ったときに最大限発揮されます。鳥取オペラ協会毎年の公演に連続して出演していますが、すばらしい演技と歌唱力は既に定評となっています。サロンでのコンサートに、磨きがかかってきたと喜んでいます。

 

6/14 小椋順二ホルン・コンサート
満足度 とても満足 63%  満足 25% 普通 12% やや不満0%  とても不満0%

○子守唄…息継ぎの長い曲、ピアノとの合奏に絶妙のハーモニーがある。いつ息継ぎがあったのかわからないほど上手。〜若い時は慌しく過ぎてしまって、その時々に振り返る事もなく、知らぬ間に子供達は巣立ってしまって、残されているのは二人の老人。二人で静かに過ぎてしまった日を、バラの香の中でお茶を飲みながら遠い日を振り返る〜 ( 倉吉市 60歳代/男性)

○子守唄、ピアノとホルンの柔らかな音色にうっとり。モーツァルトのホルン協奏曲(第2番)…生演奏でのホルンの響き。弦楽器のパートもピアノで生き生きと演奏されていて、大好きなホルン・コンチェルトをしっかりと楽しませていただきました。また、この曲の持つ味がピアノでよく出ていて大満足。そして第2楽章、ゆったりとした心で聴くことが出来ました。すばらしい演奏、ありがとうございました。(北栄町/70歳代以上/男性)

○ホルンの生演奏が聴けてよかった。来年も是非参加したいです。 (鳥取市/30歳代/女性)

○演奏会はよかったと思います。日にちが、サマー・ブラス・コンサートと同じ日になっていたのが残念だと思いました。(吹奏楽をしている中・高校生等は、聴きにこれないので…違う日だったらお客様ももう少し入っていたと思います。)時間もちょうど良かった。(あまり、このような音楽になじみのない人でも、最後まで楽しんできけた) (三朝町/30歳代/女性)

○オープニングの演奏会に行けなくて、三朝のコンサートはぜひ聴きたいと思って来ました。ピアノの美しい音色とのマッチ、楽しませてもらい、幸せな気持ちになれました。5年もの間、毎年来て演奏して下さって感謝しています。(倉吉市/60歳代/女性)

○やさしい音色を聴かせていただきました。ありがとうございました。(倉吉市/60歳代/女性)

○落着いた重厚な音色に心身ともにくつろいだ気持ちでゆったりさせて貰いました。ありがとうございました。(倉吉市/70歳代以上)

○ひさしぶりの音色に満足しました。ありがとうございました。(三朝町/60歳代/女性)

○毎年楽しみにしています。ホルンのやわらかい響に、いやされました。今回のホールは、きれいにやわらかく響いて良かったです。(倉吉市/30歳代/男性)

○とても安定した音で気持ちよかったです。上昇してゆくパッセージの最上音を時々、とりこぼしたりしたのが残念に感じました。体操競技の着地がぐらついた時の「あぁ…」という感覚でした。(50歳代)

○ホルンリサイタルを、こんな安価で聴ける機会は滅多にないので、これからも続けばいいなァと思います。ありがとうございました。(京都市/30歳代/女性)

○とても、安価ですてきなコンサートありがとうございました。親しみやすく、鑑賞しやすい選曲で、楽しんで聴くことが出来ました。(松江市/30歳代/女性)

○浜辺の歌が、とても良かったです。日本の曲が、もっと聴きたかったです。(三朝町/50歳代/女性)

○最後に、アザレアのまち音楽祭の曲(アザレア賛歌)を演奏していただけたら嬉しい。どの曲もきれいな音色で良かった。アンコール曲は、とても胸にしみました。(三朝町/50歳代/女性)

○楽しかったです。(倉吉市/小学生/女性)

○きょういちにちがんばりました。みんなよろこんでたよ。(京都市/小学生/男性)

○きれいですごかったです。(京都市/小学生/男性)

【ディレクターの回答】

 小椋さんのコンサートを廉価なチケットで聴いていただけるのは、アザレアのまち音楽祭のプレゼンター・システムと、ご出演いただく演奏家のボランティア精神によるものです。皆さんに喜んでいただけるのが、一番のご褒美だと、演奏家も主催者側も肝に銘じています。今回は、倉吉市で大きなコンサートとサロン・コンサートが重なり、お客様のご来場を心配しておりましたが、なんとか想定数に届き、ほっとしています。演奏された小椋氏も言っておられましたが、毎年定期的にホルンのコンサートが開催されるのは稀なことです。そのコンサートが可能になっているのは、小椋氏の協力のおかげだと感謝いたしております。あれほどのホルンが演奏できる奏者は、そうそう居るものではありません。倉吉市出身の小椋氏を、こぞって応援し、ますますレベルアップされます事を願いましょう。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【小椋順二ホルン・コンサート】

■演奏⇒オープニングに次ぐ、ソロコンサート。三朝町総合文化ホール。そして本人のMCによれば5年連続だとか。全国でも珍しい定期ホルンコンサートのひとつとされるそうです。ホルンのすばらしい響きと、毎年違う曲の披露、今回は特にK・ピルスの「シンフォニア」などはピアノと併せて面白い曲でした。小ホールでのコンサートとはいえ、サロンコンサートと同じ雰囲気で今日は違和感がありませんでした。

それにしても小椋氏のMCにあったように、彼の小学生時代からあったアザレアのまちの音楽祭に彼自身が毎年出演していることへの感動は、格別のものがあります。

言い訳と反省小椋氏がコンサートの中でコメントされた内容は次のようなものでした。

「かれこれ、今年で5〜6年くらいなるのでしょうか、この演奏会に出していただいて。(注/アザレアのまち音楽祭に初登場されたのが2001年です。当時は仙台フィルに在籍されていました。その後、京都市交響楽団に移籍された2005年から毎年ご出演をいただき、今年は6回目となります)やっぱり、この数年間、一曲も同じ曲を演奏していないんです。自慢ではないんですが、なるべく沢山の曲をやりたい、お客さんにも聴いて頂きたいという気持ちで続けてきた訳です。そのためには常日頃、楽譜探しをしています。いつも頭の中にあって、今年はこういった曲を選んだのです。本当に選曲には困る、困らされる。毎年やるたびに、これで、今年で、もう出たくないなぁと思いながら、また一年経つとやる気になって続いていますが、今後どうなるかわかりません。来年もやるかどうかもわからないのですが、なるべくこうやって、沢山の方にいろんな曲を聴いて欲しいというか…。こうやって毎年、ホルンの演奏会を聴ける場所など、全国探しても、絶対にないと思います。たとえ東京だろうが、関西だろうが…。これは本当に、アザレアのまち音楽祭と言うのは、僕が中学生の頃からずっと…、今年で27年かな、続いていますが、運営される方々のメッセージが届けられるのは、頭が下がる思いで、こうやって帰って来て演奏会が出来るというのは、本当に感謝の一言です。この場を借りて、お礼を申しあげたいと思います。」

倉吉市出身の音楽家は沢山いますが、こうやって毎年帰ってコンサートしていただける方は稀です。本当に感謝しているのはアザレアのまち音楽祭の方です。小椋氏のコンサートにより、多くの恵を受けてきた倉吉市民は幸せ者だと思います。小椋氏の今後の活躍をお祈りし、ますますのステップアップを期待しております。

 

6/11 中ノ森めぐみピアノ・コンサート
□満足度 とても満足 40%  満足 60% 普通 0% やや不満0%  とても不満0%

○東京のイラストデザイナーの先輩から、話しを聞いて来ました。ドビュッシーの曲も好きなので、楽しめました。良い時間を過ごせました。席と席の間隔が狭く、気をつかいました。 ( 湯梨浜町 20歳代/女性)

○すばらしいテクニックでした!!もう少し笑顔がほしかったかな? (50歳代/男性)

Chopinの作品を聞きにきました。(倉吉市/70歳代以上/男性)

○ピアノが湿気てて鳴りが悪くて、せっかくの演奏が残念でした。もっと早い時間からエアコンなどで、調整(調律)されたらどうでしょう。(倉吉市/40歳代/女性)

【ディレクターの回答】

ピアノがしけっていたとのことですが、私にはそのようには思えませんでした。地方のどんなホールよりも利用率が高く、一ヶ月に12回の本番をこなし、練習会使用を含めると20回は使用している交流プラザのピアノです。その間には、調律師が3日に一度以上の調整と調律を行っています。ピアノ庫には除湿機が作動して、かなりの水分を取っています。梅雨に入ったからといって、しけったりして響に影響するほどのことはないと、毎回聴き続けている私には確信があります。普段から、交流プラザ視聴覚ホールの室内容積に比べて、フルコンサートのピアノは大き過ぎるとの批判はあります。このホールであれば、二まわり小型のコンサート・ピアノがちょうど良いでしょう。普段は、鳴りすぎるピアノの響を、いかに抑えるかで腐心していますが、今回はその心配もなく、むしろ大きすぎる響を堪能していただけたと感じていました。ピアノは時と場合によって、様々な表情を見せますが、最近の交流プラザのピアノは、最高の鳴りをしてきたと感じていましたから、しけって鳴りが悪いといわれてしまうと、どうしょうもありません。確かな事実としては、除湿管理をし、毎回調整していますので、「しけって」などいないし、毎回そうですが、本日も鳴りも悪くないと認識しています。それを、「しけってて鳴りが悪い」と感じられたのであれば、その原因は別の所にあるのではないかと思います。例えば、6/7の倉吉未来中心小ホールでのミニ・リサイタル・リレーでお聴きになったスタインウエイと比べれば、そう聴こえたかも知れません。しかし、それは、楽器の持つ響きの個性であり、正直いって、判りません。私にはそれほど微細な響の違いを聞き分ける能力がありませんのでなんとも言えませんが、同じスタインウエイでも弾き手によって変幻自在ですので、コンサート調律師に「せっかくの演奏が残念でした」と言うのは酷なことです。朝からエアコンを掛けて室温を一定にしたところで、響きに影響が出るほどの除湿は出来ないと思います。あえて音楽祭の立場を述べさせていただきました。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【中ノ森めぐみピアノ・コンサート】

■演奏⇒個人的に好きなドビュッシーでまず嬉しく思いました。音と響きのバランスがすてきで、また中ノ森氏の演奏で再現され心地よく過ごせました。もっともご本人は硬い表情でしたが…。軟らかい音色と強いけれどうるさくないフォルテ。あとの伸びやかなショパンのポロネーズなどと比べれば、弾き方で強弱が異なっていることがわかりました。これからがもっと楽しみで、また楽曲の幅の拡がりを披露していただければありがたい。

言い訳と反省中ノ森さんは、現在東京芸大大学院生であり、イタリアへの留学を控えて準備で忙しい時期でのコンサートでした。既にオープニング・コンサートではシューマンのピアノ・コンチェルトを披露するなど、その力量には定評があります。近い将来にはプロフェッショナルのピアニストとして、私たちの前に再び姿を見せていただけるものと期待しています。

 ところで、アンケート・コメントにピアノの調整についての指摘がありました。あのコメントを書かれた方は、相当耳の良いというか、鋭い感性の持ち主でないかと思い、「ピアノが湿気ている」との記述を、調律師への叱責と考え、あえて「湿気て」などいないと反論したわけです。そして、そこまで望むのは、調律師には酷だと書きました。お書きになった方は何もかもご存知であったのではないかと考えたわけです。交流プラザ視聴覚ホールのピアノは、低音は良く出るのですが、高音域が出にくい特性を持っています。ですから、調律師は、当日の演奏会の特性を考え、ピアニストの意向を反映しながら調整しています。ピアノ・ソロ以外のコンサートでは、あのホールにフルコンのピアノは大き過ぎますので、ピアノの響を抑えるのに苦労しています。今回は、ソロですので、ピアノの位置の調整は不要であり、ピアノ調律はホール容積にあった響に整えてあったと思います。ですから、大ホールでのコンサートのような調律はしていなかったのではないかと私は感じています。高音域をキラキラと輝かせるためには、様々な調律のテクニックがあります。一音を出すために三本ある弦を、微妙にずらせて唸りを発生させる方法が一般的ですが、今回の調律は、澄み切った音を出す事が選択されて、その方法がとられていなかったように思います。調律された方に聞いたわけではありませんので、あくまで推測ですが、あの調律は、それなりの意味はあったと思います。ショパンをきらびやかに聴いてきた耳には、その響を愛聴しておられる方には好みでないだろうことが想像できます。結局、ピアノをどのように調整するかは、ピアニストが出す注文を調律師が何処まで応えられるかであり、そのありようもピアニストの力量だといわれます。しかし、若いピアニストにそこまでの責任は問えません。あえて問うなら、コンサートの全責任を持つディレクターなのでしょう。そんな意味で、悩ましい問題も多々ありますが、私は大いに反省させられました。

 

6/9 西岡千秋・寺内智子ジョイント・コンサート
□満足度 とても満足 62%  満足 38% 普通 0% やや不満0%  とても不満0%

○とても二人の息の合った歌声、とても聞き惚れました。 ( 倉吉市 70歳代以上/女性)

○美しい歌を歌って、美しくなりたいと思いました。「歌をください」に、泣きそうでした。ダンスの演出、曲、詩の世界とも、初めての出会いでしたが、家に帰ったら夫に、妻について、家について詩を書かせてみたろうかな…と思いました。 (倉吉市/30歳代/女性)

○踊りの表現がとても良かった。見ごたえがあり、芸術的だった。こういった企画を増やして欲しい。 (北栄町/男性)

○歌声がすばらしく、楽しく聴きました。ピアノの方もすてきでした。 (倉吉市/60歳代/女性)

会場のセッティングが昨年よりずっと良くなり、聞かせて頂く方も出演される側もとても良かったです。 (70歳代以上/女性)

○初めてのスタイルでたのしかったです。 (倉吉市/40歳代)

○大変立派な構想の演出、ホトホト感心しました。感激一杯です。有難うございました。(倉吉市/70歳代以上/女性)

○寺山修司の詩が組曲となっていることを初めて知りました。現代の感覚で昔の作品をアレンジするという趣向が非常に興味深かったです。詩と音楽にのせると全くイメージが変わりますが、こういった演出のコンサートがあれば、こと場と音の関わりという点でも新しい視点が開かれているのではないでしょうか。(倉吉市/20歳代 /女性)

○ダンサーは必要あったのでしょうか?すばらしい詩、曲、二人の歌手、計算されたピアノとで充分。観客が自由に想像して楽しむ余地がなく、正直、最後までダンサーがジャマな感じがしました。あんなふうに見せつけられると、自分の中で自由に「音楽」を楽しめなくて、とてもザンネン!(女性)

【ディレクターの回答】

この作品は詩と音楽で完結していますから、おっしゃる事は正論です。この曲を組曲として本来の様式で聴いてこられた方には、違和感があったかもしれません。しかし、今回の取り組みは、西岡千秋氏から演出を伴った形で、新しい試みをしたいという事で取り組んでいただきました。組曲として完成された作品を、どう演出するのかと興味津々でしたが、本日の公演は見事だったと私は感じました。秀でたダンサーの、抽象的な踊りは正にコンテンポラリーであり、この手があったのかと、演出家の並々ならぬセンスの良さに驚きを越えて感動させられました。自分のイメージを超えた演出に出合うと、大いに心が動かされますが、本日の公演は、アザレアのまち音楽祭の宝を掘り当てた気がしています。私の場合、純粋に音楽を聴きたい場合は、大抵目を瞑って聴く習慣があります。因みに、記録CDで聴いて見ると、又、新しい表現の形を見ることができます。ご一報くだされば、記録CDを送らせて頂きます。

○アンケート用紙の文字が小さいのと、幅が狭いので、ご年配の方々は記入しずらい気がしました。ダンスを取り入れるという所が、ユニークで私は好きでした。(米子市/20歳代 /女性)

【ディレクターの回答】

 アンケート用紙の件は、今後検討させていただきます。

アザレアのまち音楽祭2009内部評価委員のコメント・感想(M.O氏評)

【西岡千秋・寺内智子ジョイント・コンサート】

県内随一の組み合わせ、ともいうべきコンサート。寺内氏の美声、その安定感。同様に西岡氏の安定感と表現力。客席は満席以上、立ち見あり。

■演奏⇒第2部「木の匙」。新婚ふたりの生活の始まりを描いた寺山修司の「組詩」。あえて言えば、新婚から隔たっている西岡氏の若い夫のあり様の演出、でしょうか。杉村春子・森光子の例を出すまでもなく決して不可能ではなく、そこをどう歌い上げるか、まで西岡氏には要求されてもよいではないでしょうか。そういう意味では、未消化であったと思われます。

さて、安定感のあるお二人がさらに新たな挑戦をされたのが、今回の森本氏演出よる三島麻美氏のコンテンポラリーダンス。

私的には、三島氏のダンスは魅力的ではあったが、「木の匙」の演出としてはいかがかなあ、という感じでした。初めに森本氏による表現内容の定義づけがあったことにより、ダンス表現の受け止め方に枠が出来てしまったことがあります。そして、西岡・寺内両氏が背後でBGMとしての歌唱ではなく、多少の演出もある舞台として出演していたことで、パフォーマンスとしてはダンスがメインなのに、あくまでコンサートの演出の一部であったがために二つのジャンルの相乗が逆に相殺されたように感じてしまいました。

寺山修司が一貫して反小市民的であったことを考えると、「木の匙」の演出にはもっと解釈の可能性が残されていたほうが良かったのではないでしょうか。

いずれにしても西岡千秋・寺内智子両氏の実力のほどを見せ付けられたコンサートでした。

言い訳と反省久々に活況を呈したコンサートになりました。今回の演出付の「木の匙」は、オペラチック・コンサートの様相でしたが、ひとつの方向性を持った提案として素晴らしいものであったと私は思いました。演出の森本孝文氏は優れた演劇人であり、さまざまな実験的な取り組みでも高く評価されていますので、どんな演出がなされるものかと期待していました。若い妻の心の内を、ダンサーのパフォーミングによって表現させようとする試みは、私にとって思いもしなかったことであり、音楽表現としての「歌唱」としのぎを削る対立軸としたことに度肝を抜かれました。その方法論が、「木の匙」を演出する上で適切であったかどうかは、聴衆としての評価は不要であり、その演出表現をもって舞台を作り上げた作品が、私たちに何をどのように届けたかが、評価の分かれ目だと思います。「木の匙」という険しい山岳を登りきる道筋は幾通りもあるはずです。これがベストの登山道だと規定できるのは、芸術家ではなく極一般的な常識人です。つまり、安全でより早く、誰でも登れる登山道を設定する事になります。岡本太郎風に言えば、芸術は安全であってはならないし、安心させるようではならないのです。そんな意味で、この作品演出はこれから更に練られていくことになるでしょう。「もっと解釈の可能性が残されていたほうが良かった」との発言は、正に「BGMとしての歌唱」に感じさせてしまう、ダンサーの過剰な表現だったようにも感じます。ダンスの演出が、情念的にならず静謐な表現であれば、演出の意図がより鮮明になったのではないかと、密かに思ったりしました。