倉吉 アザレアのまち音楽祭
アザレア弦楽四重奏団・コンサート

1st.Vn伊藤明、2nd.Vn三島文佳、Va井川晶子、Vc原田友一郎
2011年5月21日(土)19:30〜 倉吉交流プラザ 700円


第一部
@愛の喜び(クライスラー作曲)
 フリッツ・クライスラーは20世紀前半の代表的なヴァイオリニスト兼作曲家で、「愛の喜び」は1910年に出版された「古典的手稿」の中の1曲で、彼の代表作である。
 「愛の喜び」「美しいロスマリン」「愛の悲しみ」の3曲は「古いウィーンの舞踏歌」3部作と呼ばれ、3曲いずれも3拍子で書かれていて、クライスラーの温かい人柄を感じさせる。中でも「愛の喜び」は明るく人気があり、ヴァイオリン・リサイタルのアンコール・ピースの定番となっていて、冒頭部分の躍動感に溢れた音の動きは,一度聞けば誰でも覚えられる親しみやすさと輝かしさを持っている。

A弦楽四重奏曲第16番変ホ長調K.428全4楽章(モーツァルト作曲)
 モーツァルトの生涯の絶頂期に作られた6曲の弦楽四重奏曲集「ハイドンセット」のうち、1783年6月頃に書かれたこの曲は、さほど有名ではないものの、セット中で抜きん出た独自性がある。どこか屈折した抒情性とでも言うべき「つかみどころのない」性格であり、特に2楽章にその特徴が表れている。
●1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ(アレグロだが、速すぎないように)
 音の跳躍と半音階的な要素が混在したユニゾンの旋律で始まる。変ホ長調という調性からは想像できないような深みを持っている。楽章全体を通じて第1主題が重要なモチーフとして扱われ、くすんだ色彩感と充実した内容で独特の世界を作り出している。
 また第1主題の後では主題の断片的な展開が試みられている。そのため、よほど注意していないと分からないほど第2主題が短くなっている。単に優雅というだけでなく、ニュアンスが豊かで陰影に富んでいて、前作15番で見せていた憂愁の念さえ抱かせる。長調にもかかわらずこうした情緒を表すことができるのは天才モーツァルトの真骨頂であろう。
●2楽章 アンダンテ・コン・モート(動きをもったAllegretto と Adagio の中間テンポ)
 2楽章はさらに独特で、旋律らしきものが存在しない。和声の微妙な変化だけで心の動きを表している。チェロだけが分散和音ではっきりとした音の動きを見せ、音楽を進めてゆく役割を果たしている。しかし全体的には和声の変化だけで充足感が与えられていて、静かに物思いにふけっているかのようである。モーツァルトのアンダンテには珍しく、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」やシューベルトのロマンチシズムを連想させる。
●3楽章 メヌエット
 最初の第1ヴァイオリンに出る、装飾音符を伴って背伸びをしてストンと落ちて重音になるパターンが特徴的である。2楽章が絶妙な音の世界であっただけにこの楽章は少し唐突な感じもする。トリオになると一転して美しいメロディが現れる。寂しさ、切なさ、人恋しさを感じさせる。
●4楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ(快速で生き生きとしたアレグロ)
 3楽章まで憂愁の世界を歩んできたモーツァルトは、最後はロンドで軽やかに締めくくろうとしているが、やはり4楽章も純色ではない中間色となっている。3楽章までの心の深くまで入り込んだ充足感を穏やかに解放してくれるようなフィナーレのロンド。曲は自由に進んでいくが、どことなくモーツァルトの優しさを感じさせる。

第二部
B弦楽四重奏曲第3番イ長調作品41-3全4楽章(シューマン作曲)
 微妙な和声の移ろいや、小モチーフの細かい変容に万感の思いを込めた繊細な叙情家ロベルト・シューマン(1810−56)にとって、古典派の楽曲形式はあまりしっくり来るものではなかった。トラブルの末にやっと結婚して身辺が落ち着いた1842年の春、彼は評論家兼作曲家として、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンら古典派の作品を改めて研究して、古典派やそれ以前の音楽に自分なりの再評価を行った。
 夏になって、愛する新妻クララが女流ピアニストとして結婚後最初の演奏旅行から戻ると、彼の研究は作曲へと姿を変えた。堰を切ったように3曲の弦楽四重奏曲を完成、続けてピアノ付きの四重奏と五重奏を書き上げる。彼が生涯に遺した大規模な室内楽曲は、この夏に生まれた5曲のみとなった。現在の演奏家にとってはいささか難物だが、作曲者自身は出来栄えに大きな自信を持っていたと伝えられる。
 シューマンの音楽は、自分自身ではどうにもならないようなもがき、あがきが強く表現されている。実現できなくてもそれを追い求め、憧れるといった精神はロマン主義の特徴であるが、この曲にも体の底から突き動かされるようなまさに人間くさい情念が発露されている。最後の弦楽四重奏となったこの曲は、先の2曲の経験を直接に反映させつつ、天性のリリシストが最も自分らしさを発揮した極めて独創的な傑作である。
●1楽章 アンダンテ・エスプレッシーヴォ 4分の4拍子
 冒頭のささやくように始まる「ラ→レ」と5度下降する動機は、彼の最愛の妻クララ(Clara)の名前を読み込んだものである。アレグロ・モルト・モデラート4分の3拍子のソナタ形式主部では、独特のパルス感を崩さずに再現するのはたいへん難しい。憧れとロマンに満ちたメロディが問いかけると、次のメロディが答えるというように対話的に進んでいく。
●2楽章 アッサイ・アジタート 嬰へ長調 8分の3拍子
 変奏曲形式のスケルツォ。第4変奏に到るまで、主題は明快な姿では現れない。
●3楽章 アダージョ・モルト ニ長調 4分の4拍子
 逃れられない深い苦しみからの救いを求めて、慟哭のように激しく溢れ出る祈りの歌。4つの楽器が線的に絡みあう深い叙情の世界。
●4楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ イ長調 2分の2拍子
 ここまでのくすんだ渋さを投げ捨て、突然ぎらぎらとした陽射しのあたる世界に回帰する。極めて大胆なシンコペーションと付点音符による独創的なリズム、風通しのいい明快で躁的な楽章。冒頭の勢いの良い主題が調性を移ろいつつ7回戻る間に、多彩な楽句が挿入されるロンド。


プロフィール

アザレア弦楽四重奏団

 1988年結成。松江を中心に各地でのコンサート・イベント・ウェディングなど、通算約700ステージの演奏活動を展開する、山陰随一の弦楽四重奏団。
 1991年からアザレアのまち音楽祭に出演(21回目)。1991年全国育樹祭で、皇太子殿下ご臨席のもとで演奏して称賛を博す。1995年ねんりんピック開会式出演。2002年日英グリーン同盟植樹式で記念演奏。2005年島根県立美術館「名曲で飾るロビーコンサート」出演。
 クラシックから映画音楽・ポップス全般、歌謡曲や日本のメロディまで幅広いレパートリーを縦横に組み合わせた楽しい選曲、そして4人という自由気軽なアンサンブルのスタイルがリスナーから支持されている。


ご案内

 アザレアのまち音楽祭に毎年参加する最古参のカルテットです。オーケストラ音楽の原型を成すと言われるカルテットこそ、作曲家が最も原初な形で自分の音楽を構築したものです。ですから、音楽鑑賞の終着は「弦楽四重奏」だと目されているわけです。アザレア弦楽四重奏団は、これまでの20年間にカルテットの名作を順次演奏してきましたが、なんといってもモーツァルトの作品がベストチョイスだったと思います。今回もモーツァルトの16番を演奏しますが、シューマンの3番がメインになります。シューマンのカルテットは、どちらかと言えば地味なタイプに属しますが、古典派を脱した新しい響きが楽しめます。
 このカルテットを主宰するのは第一ヴァイオリンの伊藤明氏ですが、市役所勤務という生活を支える方法以外は、プロの音楽家と言っていいライフワークを持っています。日本では、生活を支える仕事として音楽をやる者がプロであり、生活を支える心配をしながら音楽をやる者をアマだというようです。しかし、そんなことを言ったら日本にはほとんどプロはいないことになります。オペラハウスの存在しない日本には、プロの声楽家は完全にいないことになります。ほとんどの演奏家は、教職に身を置いて生活を支え、ライフワークとして音楽をしているわけです。それだけであれば、いずれにしても市井の職人さんと一緒です。そこから芸術家としての演奏家になるためには、人々を感動させるノウハウが必要になるのです。そのノウハウは、長い間に積み上げられた体験としての蓄積となり、観客に感動を与える方法論を手にするのです。そんな意味で、伊藤氏の持ち合わす音楽作りのテクニックには、素晴らしい蓄積があります。毎年、アンサンブルが緻密になり、音楽が沸き立つように生まれる瞬間を、サロンで聴く法悦をどうぞお楽しみください。